2018年07月15日

デナリ 大いなるもの

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マッキンリー
地元では「デナリ おおいなるもの」として呼ばれてきた。

旧ソビエトとの冷戦当時、ヨーロッパへ向かう飛行機はデナリの上空を飛び、アラスカのアンカレッジ経由で飛んでいた。
飛行機の窓から見るそいつは、他の山々を圧倒してデカク、まさに大いなるものあった。
僕はそいつに1992年と2005年に2度登頂している。
今日は、その2005年の思い出について書いてみる。

この度の遠征は、お客さんから依頼があったので募集企画することとなった。
「行きたい!」という気持ちだけでは、登れないのがマッキンリー。
僕は月1で参加メンバーを鍛える合宿を2年間行い、その日を迎えた。

ドタキャンなどもあったりしたが、総勢5名のちょうど良いサイズでの遠征となった。

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アンカレッジからアラスカ鉄道に乗って、タルキートナという小さな村に、そこからセスナ機で北東カヒルトナ氷河の標高2200mに降り立つ。ここにはネパールのようなポーターはいなく、自分たちの荷物は自分たちで担ぎ上げなければならない。
約1か月分の食糧とガソリン、ロープや個人装備など合わせると総重量は200sを超える。
一人40s超をザックと橇に乗せて引っ張り上げなければならない。

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ベースキャンプとなる4200mまでは、この橇を引きながら4〜5日の行程となる。
キャンプ地に着くと風よけの雪のブロックを積み上げ、テントを張る。
テントの中ではひたすら雪を溶かして水を作らなければならない。5人分の1日の水の消費量は20リットルにもなる。

マッキンリーの年間登山者は1500〜2000人くらいで、そのうち登頂できるものは500人程度と言われている。
それくらいの人数が氷河の山に入るとゴミやうんち問題などもあって、ごみは完全お持ち帰り、うんちの方はチームごとにまとめて
氷河のクレバスに落として片づけるというルールが徹底されている。
実際には、蓋付きのポリバケツにうんちをする。次の人は、その上に重ねてする。その次の人はさらに重ねてする・・・。
中身はまとめて、クレバスに投げ捨てる。

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ベースキャンプから上部は急斜面となり、橇は使えないのでザックで担ぎ上げる事になる。
ハイキャンプ5200mへは2〜3度に分けて食糧や燃料を上げ、高度順応を図る。

ハイキャンプに着いた我々はテン場を整地していったんテントを張り、その中にデポ品を収納し、その場にテントをつぶして
雪を乗せておく。無人のテントが風でふきとばされないようにするためだ。
嵐のときのマッキンリーの風は凄まじく、風速は80mを超える。あの植村直己も山田昇もこの風の餌食になったものと思われる。

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これがハイキャンプ。

いったん、ベースキャンプまで降りて、次の好天を狙って頂上アタックのためにハイキャンプに再び上がって来た我々が目にしたものは
つぶしておいたテントの上に乗っかている、おおいなるモノだった。
テントは完全埋没ではなく、それとわかるように四隅を雪上にのぞかせ、赤旗までたくさん打っておいたのだが、これかよ!
標高の高いハイキャンプでは、ポリバケツを担ぎ上げる余裕のない連中は、そこらへんで用を足してしまうのだが、
平坦地と言う事でやってしまったんだろうな、クソ!

気を取り直して、うんこの乗ったテントのポールにテンションをかけ、ファイナルキャンプを建設、明日の頂上アタックに備える。

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翌日、晴れ渡る中、北米大陸最高峰のてっぺんに立つ事ができた。

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無事下山した我々はタルキートナから足を伸ばして、釣りを楽しんだ。

デナリで、おおいなるもの出たなり・・・by コロ助
posted by 宮下岳夫 at 14:41| 北海道 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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