2017年08月25日

エリザベス・ホーリー

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ネパールのカトマンズ在住40年以上のアメリカ人女性ジャーナリスト「ミス・エリザベス ホーリー」は
ヒマラヤの生き字引と言われる人物だ。94歳になった現在もカトマンズにいる。
彼女自身はまったく登山をやらないそうだが、各国の登山隊がヒマラヤ登山を終えてカトマンズに戻ってくると彼女からインタビューを受けるのが習わしだ。

1994年にアマダブラムに登った俺はカトマンズに戻った途端に彼女から電話をもらい、インタビューを受ける事となった。登頂者の順番やキャンプの数、固定ロープを使用したかなど鋭い質問を繰り出してくるのが印象的だった。その時のリズの年齢70歳位だったが、ヒマラヤにえらく詳しいバァサンだなと思ったのを覚えている。

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我々はベースキャンプ設営からシェルパレスで9日めに登頂を果たし、11日めに下山という速攻で遠征を終えた。最終キャンプは設営せず、ツェルトビバークでアタックした事や核心部のレッドタワーではリード&フォォローで突破した事などを「いい内容だ。あなたは日本人で15番目の登頂者だよ」と教えてくれた。
山野井泰史が1992年に西壁を単独で初登しているのが、10番くらいだという事も知らされた。「なんでも知ってんだな」と感心させられた。

その後、1996年のマナスル遠征のあとにもインタビューを受けている。
2009年に再び、アマダブラムに登ったあとは、リズの代理と名乗るネパール人から「高齢なのでインタビューは彼から受けてくれ」との伝言をもらった。この代理インタビューは今も続いているらしい…。

彼女の記録はヒマラヤンデータベースとして、インターネット上で閲覧可能だ。

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という事を昨日、買った笹本稜平の「ソロ」を読んで知った。

30代前後の若き日本人ヒマラヤンクライマーが疑惑の登頂で話題となったトモ・チェセンの屈辱を晴らすべく
冬季単独でローツェ南壁を目指すストーリーだ。
はたして、トモ・チェセンが頂上直下に打ち残したとする3本のハーケンを見つける事ができるのか…?


posted by 宮下岳夫 at 10:36| 北海道 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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