2012年01月23日

ふるさと八百五十

中学時代を大夕張で過ごした。(昭和46年…?)
俺のいた鹿島中学スキー部は何人もの国体選手を生み出し続けた、山の中の奇跡とも呼べる強豪校だった。
炭鉱の閉山とともに廃校となったが。

富士見町のスキー場の奥には850という山があって、そこには今では考えられないような、秘密の滑降コースがあった。(標高差250m 全長1km)最後は30度を超える壁になっているのだが、大広間とアップヒルのため、自然と止まるようになっている。(キロメーターランセのゴールのイメージ)

山頂下には山小屋があって、ここで自炊合宿をするのだ。
もちろん、リフトなどはなく、普通のスキーにシール、寝袋と食料を担いで登って行く。

850koyamini[1].jpg

今は跡形もないが・・・

大夕張は現在建設中の国内第4位の貯水量となる巨大なシューパロダムの完成とともに水没する。
道路も付け変えられ、どこに街があったのかも想像できない。

昨日、お客さんらを伴い、旧鉱業所の跡地から尾根をたどって、2時間半ほどで雪庇の頂上に立った。
山小屋はないが、山の雰囲気は昔のままだった。

850 007.JPG

頂上は雪庇の上で狭い
850 008.JPG

山小屋裏の斜面は昔のまま

850 012.JPG

久々登場のK村おじさんも攻撃的に攻めてました

850 013.JPG

八百五十、山頂に標識はなく古びた赤布が閃くのみの忘れられた山…(MI84た)



posted by 宮下岳夫 at 14:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ページトップへ戻る
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。